
2005年7月1日、52歳で亡くなった天野滋さんがリーダーをつとめていたフォークグループ、NSPの19年ぶりのシングルです。
NSPについて、「読売新聞」2005年8月25日号の、天野氏の訃報記事から引用します。
NSPは、1972年に結成されたグループで、グループ名は
「ニュー・サディスティック・ピンク」
の頭文字を取ったものです。
’74年のシングル「夕暮れ時はさびしそう」は、彼らがテレビ出演無しでも35万枚を売り上げたそうです。
音楽性の違いから、’85年に中村貴之氏(ギター)が脱退、その2年後、ベースの平賀和人氏が音楽会社のディレクターになり、NSPは自然消滅。
’97年、デビュー当時の恩人が亡くなり、追悼ライブに参加。
それをきっかけに2002年、全国ツアーを再開。
しかし2004年1月、天野氏に大腸ガンが見つかり、完治は望めなかったなか、全国24箇所をツアーで巡りました。その際、天野氏はどの会場でも
「これからは、どれだけ生きるかよりも、どう生きるかがテーマです。皆さんも1日1日を大切に」。
と聴衆に語りかけていました。
2005年、19年ぶりの新曲(!)この
「水のせいだったんです」
を発売、3月に記念コンサートを渋谷公会堂で開催。これが天野氏最後の歌となりました。
さて、この「水のせいだったんです」、既に自らの死を悟っているとしか言えない内容の歌詞に涙…
(考え過ぎかもしれませんが…)
ここでの「水」とは、ガン治療の際に使われる薬のことなのかな、と考えてみたり…
「明日の朝世界が滅びようとも/今夜も草木に水をあげよう」
…もう何と言えばいいのでしょう。
愚直なまでの「優しさ」が、私の心を締め付けます。
もし私が余命を宣告されたら、ここまで優しくなれるでしょうか。
あくまでもこれは「歌」なのだから、フィクションの世界、と済ませる事も出来ます。
けど、この曲の歌詞は、作者の天野氏の本心・人間性も滲み出ている気がしてなりません。これまた考え過ぎかもしれませんが…
カップリング曲の「BIRTHDAY」もまた切なさ溢れる曲です。
歌詞も、メロディーも、ハーモニーも・・・
にぎやかなお祝いの風景を歌った歌のはずなのに、「君がいない」事が、「不幸せに」感じられる、というものです。
それがこの曲を物悲しい感じにさせているのでしょうか。
ただ、曲の最後に鳴り響くコードがメジャーコード(明るい感じ)なのが救いでしょうか。
実はこのCDには、メンバーのインタビューが収録されたDVDが付属しているのですが、そちらはまだ観ていません。何だか観ると切なくなるようで…
天野氏は亡くなられましたが、NSPは残されたお二人が活動を続けられています。
公式HP(NSP official wabsite)もあります。
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